返事きっとする
幻でなく、生身の辰治が疲れた顔をして立っていた。
「おふくろ、後悔してるよ。よくいい聞かせるから、おみつ思い直してくれ」
いきなり抱きしめられた。
辰治の唇が耳に押された。
「好きだ」
長い長い事望んだ女の幸せは男の腕の中にある。
女の幸せは全ての恨みを忘れさせてくれる。
おみつは忘我の中で思った。
ふと我に返って、おみつは辰治の胸を柔らかく押して、するりと抜けた。
「ちょっと考えさせてね。返事きっとする」
笑顔で辰治に向かった。
辰治もほっとした表情になった。
「じゃあね」
おみつは子どもの時の様に手を振った。
長屋はもう直ぐである。
辰治は、心配そうにおみつを見送った。
おみつは彼が家まで来たいのは分かっている。
いるが何故か、そのままずるずると引き摺られたくなかった。
生真面目さが習性の様になっていた。
おみつが立て付けの悪い戸を開けようとすると、背後から声をかけられた。
同じ長屋の住人、与兵衛である。
女たらしの評判だが、ぞっとするほど美しい若い男である。
「おっ、みっちゃんいいとこだったね!」
見られたか
おみつはキッと与兵衛を睨む。
「おお怖」
与兵衛は肩をすくめた。
「其れで、話は決まったの?」
「話って?」
「縁談だ」